日本の原風景 レンゲ田

日本の原風景 レンゲ田

2015年6月30日火曜日

はたけ塾で採れた野菜たち

こんばんは。
このところ、適度に雨が降ってくれるのでありがたい。
だけど、やっぱり気になるのはこの低温。
農作物に影響が出なければいいがと思います。

ところで、青空はたけ塾ではこのところ、キュウリの収穫ができるようになりました。
そして、とうとう、ナスが!

昨日、行こうと思ってたのですが、終日仕事で家を離れており、今日は草引きかたがた行って来ました。

あいかわらず、知らない所で畑の先生方のお世話になっておりますm(__)m

でも、ほんとにおかげさまで、りっぱなナスが採れました。
これこのとおり!


プチトマトとシソとレタスはうちの庭で採れたもの。
これだけあれば一食分は十分。
2~3日分はありますよ。

私のお隣のKさんの畑は草ひとつない、理想の畑。
聞くと1日おきぐらいに来られているということでしたが、
ほんとに見事なまでに草がありません。
ちなみに私は今日は草と格闘してきました。

綿が思うように芽が出てくれず、ガッカリ!
でもまた、来年トライしたいです。

畑に出ていると、いろいろな人と知り合いになれるし、道から「●●こちゃ~ん」って声もかけてもらえるので、楽しい♫

畑の効能はもろもろ
絶大ですね。

2015年6月25日木曜日

多良にキティちゃんの花壇出現!

こんばんは。

今日はとってもキュートな花壇が多良にできたことをご報告します。

そのおうちとは、松之木の木村弘さん宅。

ぜんそくのおばあさんが咳をしながら一生懸命草引きをしている姿を見て少しでも草引きをしなくてもすむように、また入院中のおじいさんが一時帰宅された際、花壇を見て喜んでくれるかなと思い、木村さんも大好きなキティちゃんとかわいいハートマーク入りの花壇を一生懸命造ったそうです。

花壇造りに際しては、砂利用防草シートや玉砂利を敷くなどの工夫がこらされ、透水性を高めるための傾斜をつけて川砂も利用しているそうです。

無我夢中の作業をすることで、木村さん、7キロのダイエットに成功されたそう。

おじいちゃんや家族もとても喜んでくれたそうで、よかったですね。

それでは、木村さんから提供していただいた花壇造りの写真をごらんください。

    まずは玄関前の❤ガーデン BEFORE&AFTER






続いてキティちゃん BEFORE&AFTER







木村さんの花壇の写真は養老のバローのホームセンターにアップされているそうです。



7月の多良人

こんばんは。
昨日はクマさんは広瀬橋付近の養老山中にいたもよう。
今はまたそれから移動しているらしいです。
滋賀県でおばあちゃんを襲ったクマは、発信機をつけられたクマさんではなかったのですね。
クマさんの濡れ衣が晴れたというわけです。
それにしても、この騒動はいつまで続くんでしょうか。
長期化すると、今後のイベントにも影響が出てきます。
本来ツキノワグマは臆病ですから、人が大勢いてワイワイやっとる所には出てこんと思いますが、右へ倣えで中止という可能性も・・
地元としてはゆゆしきことです。
1日も早く、協議していただき、早期解決をのぞみます。

さて、消防団、操法大会を控え、練習が続いています。
多良消防団の皆さん、がんばってくださいね!

7月号の多良人も、そんな消防団のがんばってるお一人です。
詳細は7月のふるさと通信で!

先日の球技大会の最中に取材をさせていただきました。


2015年6月23日火曜日

次世代に残そう 豊かな自然!

こんばんは。
今日は多良地区まちづくり協議会の役員会が行われ、各部会の活動内容の報告や報告性等について話し合いが行われました。
前ヶ瀬には農業大好きな方々が移住されたようです。
少しずつ、少しずつ、多良地区が良い方向に動いています。(^^)

また、後日ご報告しますね。

さて、今回は農業に取り組もうとする多良地区の方々に朗報です。

先だって、連合自治会で、多良地区を挙げて、「農業・農村多面的機能発揮促進事業」について取り組んでいこうということになりました。

これだけ書くと、なんやら難しそうでようわからんと言われてしまいそうですが、これについてとてもわかりやすく、広報部会メンバーのMさんがまとめてくださいましたので、ここに掲載したいと思います。

今後、各自治会で回覧が回る予定です。


早い話がいくつか条件はあるものの、グループをつくって耕作放棄地等を有効活用すると、
その活動に対し、交付金がいただけますよというものです。

獣害のひどさに耐えかねて、もう畑や田んぼはやらないという人たちも増えていますが、
こういう取り組みがなされることで、もういっぺんやってみようかと
いう気持ちにもなるのではないでしょうか?

豊かな恵みをもたらす農地は農村の宝物
ぜひ、次の世代に伝えていきたいと思いませんか?

お問い合わせは「JAにしみの多良支店」の笠井さんまでお願いします。
TEL:45-3131



2015年6月22日月曜日

多良地区球技大会開催 優勝は上原Bチーム

こんばんは。

写真の整理が終わりましたので、球技大会の写真をアップしたいと思います。

12歳~66歳の方まで253名の方々にご参加いただき、早朝から体育推進員さん、社会体育推進員さん、そして自治会長さんがたにお世話頂き、無事終わりました。

優勝は上原Bチーム
準優勝は西山チーム
3位は祢宜上チームでした。

また、上VS下のエキシビションマッチは1勝1敗でしたが、得失点差で上チームの勝ちでした。



それでは、写真のほうご覧くださいね。





昨年の優勝トロフィー変換。
去年も優勝は上原でした。


















      体育推進員会長さん、ありがとうございました。



副会長さんもお疲れさまでした。
お楽しみ抽選会で景品がアタリ!
おめでとうございます!

さて、次は8月14日の納涼盆踊りです

多良で生まれた?明智光秀

こんばんは。
今日は球技大会でくったくたのなずなです。
でも、体育推進員の皆さんも社会体育委員さんも、自治会長さんがたもご協力いただき、とても楽しい球技大会でした。
反省会兼焼肉もおいしかった♫

写真の整理が終わり次第、アップしたいと思います。

さて、では先に先日行われた公民館の歴史講座「上石津の歴史をたずねて」をご紹介したいと思います。


今年は4回にわたって行われます。
トップバッターは6月19日の金森雅之先生。
タイトルは「多良城と高木陣屋」でした。

まず、多良という名前の由来に始まり、
多良城はどこにあったかというお話があり、
とても興味深いお話でした。

多良はもともと多羅と書いていたのを、羅の字がよくないということで、
多良にしたのではないかということでした。
また、たらという地名は
金森先生の説によれば
たたら製鉄からきたのではないかということでした。

昔、畑で仕事をしていると、たたらで出た金糞がよく出たと、
亡くなった大嶽文夫さんがいわれたことがあるそうです。
また江戸時代の地図には何カ所か鉄の鉱山と思われる場所があったことから
そのように考えられるのでは?というお話でした。

そして、もっとも興味深いのが
多良城は高木家入郷以前から存在しており、
それは今の旗本西高木家陣屋跡に建っていて、そこで明智光秀が生まれたのではないかというお話です。

明智光秀といえば、いちばんポピュラーな伝承は
江戸時代、徳川家三代に使え、江戸の基礎を築いたという南光坊天海説でしょう。

ですが、金森先生によれば、東京大学の史料編纂所が所有する「明智一族宮城家相伝系図書」には、
なんと!
明智光秀について
亨禄元年戊子(1528)八月一七日、石津郡多羅(多良)にて生
と書かれているのです。

これはいったいどういうことなのでしょうか。

当時、多羅は進士家の居城で、光秀の母(進士の妻)は明智家当主明智光綱の妹だったということです。
ところが当主に子どもがなかったため、光秀は養子として明智城にはいったというのです。

資料の信ぴょう性がいかほどのものかわかりませんが、
とてもおもしろいですね。

ますます多良に興味がわいてきました。




高木家の石垣に沿って降りてみました。
東高木家の屋敷跡方面から伊勢街道の一部へ



伊勢街道から東高木家跡を臨む
この石垣はおそらく多羅城が築かれた当時のもの


高木家の屋敷はたいそう広く、
宮の端まであったと聞いてビックリでした。








2015年6月17日水曜日

北高木家墓石群見学 多良歴史同好会

では続いて、歴史もの第2弾。

今日は多良歴史同好会でした。
多良・時を治めていた旗本・高木家の歴史を中心に、昔の多良の姿を学ぼうという会です。

高木家は昨年国の史跡となり、現在名古屋大学がその文書の解読をはじめ、研究をしておられます。
高木家は西・東・北の三家にわかれており、現在は本家にあたる西高木家の方が資料館のそばに住んでおられます。

そして、これはあまり知られていないかもしれませんが、高木家の家臣団の子孫がけっこう多良・時には残っておられ、主のいなくなったお墓のおもりをされていたりするのです。

今日は「多良歴史愛好会」の会長で北高木家の家臣の子孫にあたる鈴木さんに、現地を案内していただき、お話しを聞きました。

北高木家の墓石群は馬瀬にあります。
私も行ったのははじめて!

まず、北高木家の菩提寺であった観音寺の跡へ。

観音寺は昭和45年に火事で焼失。
現在は茶畑になっています。
観音寺というのはたいそう古いお寺で創建は平安時代。


これは観音寺の経塚。
木が生い茂る中、ひっそりと立っています。
実は、この塚の石は以前に盗まれて行方不明に・・
拓本が残っていたので、新しい石をたてて復元したそうです。
罰当たりなことをする人がいるものです。


北高木家墓石群の立札。
しかし、案内なしでここまでくるのは無理!


      墓地は綺麗に整備されています。
1人に一つ墓石が立っているので、いっぱいある~!
一つ一つ戒名が刻まれていますが、中には墓石のない人もあるそうです。



        墓石の前で説明をする鈴木利通会長。


       適度に風化して良い感じのお墓に・・


今では手入れのされていないお茶畑。
向こうに見えるのは養老山脈最高峰の笙ヶ岳


次回の歴史同好会は9月
今度は東高木家の墓石群を見学。

お墓めぐりもなかなかおもしろいです。

カミカジヤ 天狗樫聞き書き講 昔の地域の姿を知る

こんにちは。

このところ蒸し暑い日が続いています。

今日は少し雨をもらいましたね。

さて、今日は歴史ネタを二つ。

まず、その第1弾です。

むかし、むか~し、鍛冶屋村の山奥にたいそう大きな樫の木があった。
その樫の木はひときわ背が高く、村から見ても一発でわかるほどであったそうな。
その樫の木にはいたずらな天狗がすんでおって、村の人たちは天狗のいたずらにたいそう手を焼いておったと。
それであるとき、天狗の好きなお酒を樫の木に供えるようになった。
「天狗さん、天狗さん、どうかこれでいたずらをやめてくだされ」
そうしたら、さすがに天狗も納得したか、悪さをせんようになったそうな。
そのうち、樫の木は村からあんまり遠いので、もっと村に近い松の木の根っこにお神酒を供えるようになった。
それでその松の木をお神酒松と呼んだそうな・・

これは、うちの村に伝わる天狗の昔ばなしです。
昔は上鍛冶屋ではなく、鍛冶屋村と呼んでいました。

さて、この天狗樫、あるとき雷にうたれてしまいましたが、今はその2代目が立派に生えてきているそうです。自然の力はすごいですね。

この天狗樫にちなんで、カミカジヤでは昨年度から天狗樫講という名前で地域のお年寄りに話を聞いてきました。

今日は昭和三年生まれの三輪四郎さんに話を聞きましたが、その記憶力の良さにビックリ。

少しずつ、昔の地元の姿が明らかになっていきます。